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市内観光
カトマンズ
市内観光CITY TOURSカトマンズ KATHMANDU
1979年ユネスコの世界文化遺産に指定された古都太古の昔、カトマンズ盆地は湖であったといわれています。最近の調査により、実際にカトマンズ盆地は湖であったこと、そしてその湖の南側で地震が起こり、ホの水が排水されて今のカトマンズ盆地となったことが明らかになりました。神話によると、文殊菩薩がカトマンズ湖の周りの山を剣で切
り開いたといわれています。もともと湖であった土地は肥沃です。山間の土地でありながら緑豊かなので、人々はその恩恵にあずかっています。昔からカトマンズ盆地は交易と文化の要塞としての機能を果たしてきました。都市文明を担ったネワール族の伝統的居住地であるカトマンズ盆地は今でも世界的に貴重な歴史ある町々を誇っています。また、カトマンズ盆地は標高が平均して約1300mという高さにありながら、緯度は日本なら沖縄とほとんど同じところにあるため、年中温暖な気候に恵まれています。ネパール最大の盆地で、カトマンズ、パタン、バクタプルの3郡で成り立っています。
人口の約7%が暮らすネパールの首都で、別名を「カンティプール」(栄光の都)と言います。1990年の民主化を機に急速に成長を遂げています。首都にしては小さな印象を受けますがここはネパール随一の大都会です。レンガ造りの町並みは中世の世界に迷い込んだような印象を受けます。町のいたるところに小さな寺院があり、宗教都市としての趣もたっぷりです。日本人にとってはなぜか懐かしくてたまらない気持ちにさせられる町です。かつてこのカトマンズこそが「ネパール」と呼ばれていました。今でも農村部の人たちは「カトマンズへ行く」ことを「ネパールへ行く」と言います。カトマンズを見ずしてネパールを見ず、必ず一度は足をとめてゆっくり滞在したいものです。
ダルバール広場
「ダルバール」とは「宮廷」という意味です。その名のとおり、マッラ王朝時代にはカトマンズ王国の中心部でした。王たちが美しさを競い合って建てた広場なので、その建物の装飾の美しさには目を見張るものがあります。広場に立ち並ぶ20数棟にも及ぶ寺院にはいろいろな時代のものが混在しています。このように古くから王族の由緒正しい場所であるダルバール広場では、今でも王族の戴冠式や即位式が行われます。この広場には生き神の住むクマリの館を始めとする見どころが多くあります。また、周囲にはハヌマン・ドカと呼ばれる旧王宮もあり、いつも観光客で賑わっています。広場の近くには庶民のバザールもあります。
シヴァ寺院
1690年にマッラ王朝時代にバクタプルの皇太后によって建てられた寺院です。この寺院にもヒンドゥー教と仏教の融合が見られます。建物の前にあるシカラ(白い塔)はシヴァ信仰を表すものですが、屋根の装飾は仏教に見られるものです。ダルバール広場の中で一番高い建物がこの寺院です。
シヴァ・パールバティ寺院
18世紀にゴルカ王朝のバハドゥール王によって建てられたもので、2階の窓からシヴァ(破壊の神)とパールバティ(その奥さん)の彩色された木彫りが町を見下ろしています。寺院の入り口には寺を守る白いライオンの像があります。
クマリの館
1757年にカトマンズ最後のマッラ王朝の王、ジャイ・プラカース・マッラによって建てられた、生き神と信じられているクマリが住んでいる館です。2頭のライオン像がその入り口を守っています。クマリはタレジュー神(ドゥルガ)の化身であると信じられており、ネワール・サキャ族の由緒正しい家の出身の、少女の中から選ばれます。他の地域にもクマリは何人かいますが、このカトマンズのクマリが最も重要なクマリであるとされます。団体で訪れ、いくらかお布施をするとクマリは顔を見せてくれますが写真を撮ることはできません。年に一度、国王もクマリに会いに来て、祝福のティカ(おでこに赤いしるしをつけてもらうこと)を受けます。年に一度のインドラジャトラの祭りでのクマリの山車巡行は必見です。
ハヌマン・ドカ(旧王宮)
「ハヌマン」とはヒンドゥー教の猿の神様で、「ドカ」とは門のことで、ハヌマン像のある門がもともと「ハヌマン・ドカ」と呼ばれていましたが、今では旧王宮もその付近もすべてハヌマン・ドカと呼ばれています。旧王宮は17世紀に造られたもので、ネワール建築の集大成とも言えるすばらしい装飾を目にすることが出来ます。今、王族はここには住んでいませんが、現在でも外国の要人が訪れたときには、行事のために使われています。ハヌマン像は1672年にマッラ王朝の王、プラタップ・マッラによって作られました。像の横にある金のドアが旧王宮の正門にあたり、2頭のライオン像がその入り口を守っています。
パンチャ・ムキ・ハヌマン寺院
円形の五重の屋根を持つ、ネパールでも2例しかない建築様式の寺院です。(もう一例はパシュパティナート)この寺院の中にはヒンドゥー僧しか入れません。中には5つの顔をもつハヌマーンの像があります。
ジャガンナート寺院
この広場で一番古い建物で、マヘンドラ・マッラ王朝期の1563年に建立されました。天蓋を支える柱の色鮮やかで官能的な彫刻がとても美しいです。
タレジュー・ベル
シヴァ・パールバティ寺院の近くにある大きな釣鐘で、大変見ごたえがあります。この大釣鐘は1797年にラナ・バハドゥール王により作られたもので、この鐘の音は悪霊をとりはらうといわれています。タレジュー寺院でセレモニーなどがあるときに鳴らします。
タレジュー寺院
1549年、マッラ王朝のマヘンドラ王によって建立された3階建ての寺院です。この寺院の建築方式は典型的なネワール様式で建てられています。クマリがその化身であると信じられているタレジュー女神(ドゥルガ)のための寺院です。この寺院の中には年に一度ダサインの時にだけヒンドゥー教徒に開放されます。本尊であるタレジュー女神の像のある部屋には王族しか入ることが出来ません。今の建物は16世紀の半ばに修復されたものです
カーラ・バイラブ
カトマンズにある石像の中では最も大きいものの一つで、シヴァの化身であるカーラ・バイラブの像です。シヴァの破壊神としての化身で、目を見開き、首に頭蓋骨のネックレスを巻き、人間の皮を羽織って、人々を恐れさせる外見をしています。カーラ・バイラブの前でうそをつくと即座に死んでしまうと信じられており、17〜18世紀には、政府はこの像の前に犯罪の容疑者を連れてきてその罪を白状させていたといいます。
カスタマンダプ寺院
またの名を「マル・セッタル」といいます。この寺院もネパール最古の建築物であると考えられています。「カスタマンダプ」とは「木でつくった」という意味で、一本の木から掘り出した寺院であるといわれています。また、この寺院の名前を取って、カトマンズという都市名がついています。
アショク・ビナヤク
別名「カトマンズ・ガネーシュ」といわれる寺院です。この寺院は、ほかの寺院に見られるような屋根の上の飾りを持たないことが特徴です。ネワール族はこの寺院を「マヌ・ガネーシュ」と呼びますが、「マヌ」とは「何もない」、とか「ない」等を意味する言葉でこの寺院が尖塔を持たないことをあらわしているといわれています。ガネーシュとはヒンドゥー教の象頭人身の神のことで、成功や富をもたらす神としてとても人気があります。一週間のうち、火曜日はガネーシュの日とされているため、この寺院は火曜には大変混みあいます。王室にとっても大切な寺院で、王室の儀式もここで行われることもあります。門の横には真鍮の旗とライオンが立っています。金色の屋根の部分は1874年に作られたことが分かっていますが、この寺院自体の建立時期ははっきり分かっていません。
他にはトリブヴァン王にまつわるものを展示したトリブヴァン博物館や、マヘンドラ王にまつわるものを展示したマヘンドラ博物館、ナラヤン寺院、クリシュナ寺院などがあります。
スワヤンブナート
町から2kmほど離れたところで町を見下ろすように建っているのがスワヤンブナートです。カトマンズがまだ湖であった時代に、この地にやってきた文殊菩薩が湖を切り開き、カトマンズを盆地に変え、大日如来を讃えて、スワヤンブナートを建てたという伝説を持っています。
約2,000年の歴史を誇るこの仏塔は、ネパールで最も古い寺院で、世界で最も壮麗な仏塔の一つとされています。仏塔にたどり着くには385段の階段を露店や物乞い、獅子やガルーダの石造をその参道に見ながら進んでいきます。仏塔の高さは15m、四方に全てを見通すというブッダの眼が描かれています。境内で見られる建物は多様です。子供を護る神様を祀るハリティ寺院やチベット仏教のカルマ・カギュー派の僧院、インドのシカラ様式の仏塔・・・と宗教の混在するネパールならではの寺院と言えます。盆地の底部からの高さが77mもあるので、ここからの眺めはすばらしいものです。13世紀までにはカトマンズ盆地で最も重要な仏教聖地となり、15世紀にはイスラム教徒により破壊されたが再建され、20世紀の後半には中国から来たチベット人たちが周辺に住みつくようになりました。
また、この寺院は別名「モンキー・テンプル」とも言われ、猿の姿をいたる所で見かけます。食べ物の入ったビニール袋などを持っていると猿に取られてしまうこともあるので気をつけましょう。
パシュパティナート
カトマンズから東に5kmのところ、ガンジス川の支流であるバグマティ川の川岸にある、ネパール最大のシヴァ寺院です。インドのヒンドゥー教徒にとっても重要な寺院で、インド亜大陸にある四大シヴァ寺院の一つでもあります。シヴァラートリー(シヴァ神の誕生日)の日にはインド・ネパール中の巡礼者がこの寺院に詰め掛けます。破壊神であるシヴァは様々な化身を持ちますが、「パシュパティ」もその化身の一つです。
この場所には879年からシヴァ寺院があったことがわかっていますが、現存の寺院は1697年にマッラ王朝のブパティンドラ王によって建てられたものです。しかし、キラテシュワール寺院にある最古のシヴァ・リンガから推測するに、紀元前3世紀には最初の寺院が建てられたのではないかといわれています。パシュパティナート寺院は23.6mの高さをもち、寺院の四面には金色の扉が付いており、扉の両側にはヒンドゥーの神々の像があります。
女性の力をあらわすグヘスワティ寺院は1653年に修復されたもので、父親のために火の中に飛び込んだと言う神話を持つ、シヴァ神の一人目の奥さんのサティデヴィ(カーリー)のための寺院です。この寺院にはヒンドゥー教徒以外は入ることはできません。
ラジュラジェシュワリ寺院は1407年に建てられたものですが、こちらもヒンドゥー教徒以外は中に入ることが出来ません。他にもゴラクナート寺院、ヴィシュワループ寺院などの寺院があります。橋の近くにはアルエ・ガートという火葬場があります。ヒンドゥー教徒はここで火葬されるのですが、一番川の上流にある火葬場は王族のものなので庶民は使うことはできません。また、火葬場は写真を撮ることは厳禁ですので気をつけてください。中に入ることは出来ませんが、バグマティ川の対岸から寺院の様子が良く見えます。ここにも猿が多くいるので、食べ物を入れたビニール袋を持ち歩いたり、物を食べたりすると危険なのでやめましょう。シヴァラートリー以外の祝日では、エカダシ、サンクランティ、ティージ、プルニマ(満月の日)などに多くの人が参拝します。
ボダナート
カトマンズの町から東へ約7kmの所にある、南アジア一大きな仏塔を持つ寺院で、高さは36mあります。何世紀にも渡って、チベットとの交易のルート上にあったので、チベット商人はここで休み、ここまでの無事を感謝し、また帰路の安全を願ってここで参拝してきました。1950年代より、中国から亡命してきたチベット人の多くがこのボダナートの周りに住むようになり、数々の僧院を作り、ここを「リトル・チベット」にしました。この「リトル・チベット」であるボダナートは、今でもネパールでチベット人の生活を見るのには最適な場所です。チベット人がマニ・コル(マニ車)を回しながら歩く姿やチベット僧が参拝する姿を毎日目にすることができます。熱心な信者の中には五体投地で参拝する人もいます。
一般的にボダナートが建立されたのは5世紀といわれていますが、確証に欠けるため実際の建立年代は不明です。仏塔は真上からみるとそれ自体がマンダラになっています。四層の台座は地、半球体のドームは水、目が描かれた部分と13層の尖塔は火、頂上の円形の傘は風、先端の尖塔は空、というチベット仏教における宇宙を構成する5大エネルギーを象徴しています。ドームの下にある108のくぼみには、ひとつひとつに仏像が彫られています。
ボダナートの周りにはチベット人やタマン族の経営する商店がたくさんあり、マニ車やチベット・アクセサリー、ククリ、手織りのカーペットなど色々なものが売られています。
アサン広場とインドラチョーク
マチェンドラナート寺院の近くにある旧市街の中心地です。スパイスや野菜を売る人、牛、人、リキシャ・・と非常に賑やかな庶民の広場です。広場の端のほうにあるアンナプルナ寺院からは道行く人が鳴らす鐘の音がいつも聞こえます。市場は朝5時頃から8時頃まで立ちます。インドラチョークは中世の街並みをそのまま残す通りで、日用品やサリー、毛織物などの店が軒を連ねています。上を見上げると建物の窓の装飾がとても美しいことに気が付きます。マチェンドラナート寺院、ガネシュ寺院、アカシュ・バイラブ寺院、シヴァ寺院もここにあり、カトマンズの旧市街の雰囲気を味わうなら一度は訪れたいところです。
パタン市内観光

古都パタンは、カトマンズから5キロメートルに位地し、芸術町としられ、多くのヒンズー寺院や仏教遺跡であふれている。ヒンズー教と仏教がともに栄えた
中世文化の面影を今も残すこの町は、訪れる観光客の目、豊かで印象的な遺産として映ることであろう。
パタン王宮広場は町の中心部にあり、観光客の魅力の焦点となっている。広場には旧王宮、寺院、聖堂等があり、それらの精巧な彫刻には目を見張るものがある。広場にはチョークと呼ばれる三つ中庭があり、1979年ユネスコ世界文化遺産リストに登録された。
クリシュナ寺院 クリシュナ神を祭るこの寺院は17世紀に建築され、パタン広場の中でも一期は目を引いている。この寺院は、ネパールのシカラ スタイル建築の最小の見本である。21のほこらを持ち、全て石で作られたネパール唯一の寺院である。
*マハボウダ寺院 * ヒラニャ ヴェルナ マハビハル寺院*クンベショアル寺院 *ジャガト ナラヤン寺院 * ルドラバルナマハビハル寺院 *アショカストゥーパ* 等も見ることが出来ます。
バクタプル
バクタプルは889年にアナンダ・デヴ王によって築かれ、その後12世紀〜18世紀の間、首都のひとつとして栄えました。別名「バドガオン」(信仰の町)とも呼ばれており、カトマンズ・パタン同様カトマンズ盆地内の代表的な古都ですが、ネワール族の町の中ではこのバクタプルが一番中世の町並みをそのまま残しているといえます。喧騒のカトマンズに対し、田園地帯の小高い丘の上の、のんびりとした非常に静かな、人口22万人ほどの小さな町です。住民の8割以上がネワール族で、農業に従事している人がほとんどです。1934年の大地震で、数多くの寺院や僧院、民家が被害を受けましたが、1970年代以降、復興が進み、今でも世界に誇るネワール族のすばらしい建築物や彫刻を見ることができます。赤レンガ造りの町並みの中を散策していると中世の世界を歩いているような不思議な気分にさせられます。晴れた日にはヒマラヤを望むことが出来ます。
ダルバール広場
旧王宮前にある広場で、旧王宮・寺院を中心にすばらしいネワール建築の数々を見ることができます。建物の多くは17〜18世紀のネワール美術の花開いたマッラ朝のものです。カトマンズ、パタンにもダルバール広場があり、皆すばらしいですが、このバクタプルのものが一番美しいとされています。広々とした広場は寺院やモニュメントに囲まれ、独特の雰囲気をかもし出しています。
獅子門
広場の入り口にある門です。1696年のブパティンドラ・マッラ王の時代に建立されたもので、両側に大きな獅子の像があります。また、バイラブ(シヴァの化身)と、ウグラチャンディ(シヴァの妻)の石像も飾られています。
旧王宮
17世紀にヤクシャ・マッラ王により建立され、その後、代々のマッラ王によって増築されました。
ここには、かつては99ものチョークがあったといわれています。ネワール彫刻・建築の傑作の数々をここで目にすることができます。
ゴールデンゲート
1745年にランジット・マッラ王によって造られた、旧王宮への入り口の門です。門にはヒンドゥー教の神々が一面に飾られています。ここには衛兵が立っています。には、
ガルーダにまたがるカーリー女神、ヴィシュヌなどのヒンドゥーの神々の装飾細工が一面に施されています。芸術品としても高く評価されています。
マッラ王の石柱
ゴールデンゲートの前には、ブパティンドラ・マッラ王(在位1696〜l722年)がお祈りをしている像が上に乗った石柱が立っています。ネパールの石像の中では最もすばらしいと言われる石像です。
55窓の宮殿
1427年にヤクシャ・マッラ王の統治期間に建てられ、17世紀にブパティンドラ・マッラ王によって再建された、3層の建物です。その名のとおり、入り口を含めると窓が55あります。ネパールでは他に例を見ない建築物です。それぞれの窓には緻密な彫刻が施されており、ネワール建築の傑作であると言われています
ムル・チョーク
「ムル」とは「主要な」と言う意味で、王宮の中心的な建物であることを意味します。旧王宮の中で最も古い部分であると言われています。このチョークの中にはタレジュー女神を祀る寺院があるためにタレジュー・チョークとも呼ばれています。ムル・チョークのとなりにはクマリ・チョークと、王の沐浴場をもつスンダリ・チョークがあります
美術館
かつてマラティ・チョークと呼ばれていましたが、現在は 美術館になっており、ネパールの仏像・ヒンドゥーの神々の像・タンカなどが多数展示されています。
パシュパティナート寺院
寺院の中ではバクタプル最古のものであるといわれており、1492年に建立されました。シヴァの化身のひとつであるパシュパティを祀っていますが、屋根の支柱にはチベット仏教の影響を受けたエロティックな彫刻が施されています。カトマンズにあるパシュパティナートを真似て造られたといわれています。
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